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『インサイド・ヘッド』を見た

結構前にインサイド・ヘッドを見たので、その感想。
総評としては、まあ良かったけど、前評判から期待した、皆にオススメの大傑作と言うほどではなかったかな。
何と言うか、評価のし難い作品なので、思いつくまま散文的な感想になります。

まず、例の、主題歌を名乗るドリカムの歌の使い方については、や っ ぱ り ひ ど か っ た と今なら言い切れます。
いや、私は見る前はそれまでの酷評をできるだけ無視して、ニュートラルな気持ちで見ようとしてたんですよ。
曲自体はいいから、使い方によってはうるっとしちゃうんじゃないかな。と心の準備をしてました。
でもあれは・・・あれだ、結婚式とか親族の集まりで延々とJ-POPとともに写真を見せられる時の、しらっとした感情と同じだ。
見る前は、「曲としてはいいんだから、ミュージッククリップとして使えばいいんじゃないかな」なんてコメントを用意してたんですよ。
でも、上記のようにちょっとPC使える素人が作ったような編集だったから・・・それもNGです。

本編ですが、ライリーの11歳少女体型はよかったね!(のっけからごめん)
テーマがテーマなだけに、クライマックスで赤いお赤飯な思い出が生まれたらどうしようかと思ったけど、そんな事はなかった。
この辺が、よくも悪くも日本マンガと違うところだなあ。
日本アニメのように、劇的なイベントや極端な悲劇は扱わない(でも、予告見てたときは、死かケガか両親の離婚でも扱うのかとも思ったよ)。
とにかくピクサーは、地味な話をぐいぐいスリリングに見せて泣かせるのが得意・・・なんだけど、今回は地味なまま終わってしまった。
”INSIDE OUT”って原題と、チラ見した予告から、感情たちは人間の外の下界・・・場合によっては他人の脳内に飛び込む展開かと思ってたんだけど、違った。それくらいしても良かったんじゃないかな。
もう少し、現実世界のライリーのパートを見せて欲しかった、折角クラスメイトがいるんだから、彼らとライリーのやり取り→その頃頭の中世界では・・・と言う話を前半もっと見せて、ヨロコビ・カナシミが飛び出すのは後半に回して。

例外に漏れず、カナシミにはイライラさせられた。これは作り手の狙いなんだと割り切って見てたけど、こう言う狙い方は好きじゃない。声優の演技によっては、もう少しイメージが変わったかもだけど。
声優は、巧い人合わない人が混在してたな。
で、最後にカナシミによってライリーが救われる・・・と言う話は解るんだけど、ああじゃなくて、「思い出が次々と浮かんで涙がぽろぽろこぼれちゃって帰る気になる」でよかったんじゃないか。

最後は、ピクサーらしい意地悪さで、父さんのノリに母さんが内心冷めてて「まあ、仕方ないか」くらいに思ってるオチかと思ったけど、そこまではなかった。
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No:366|
それにしても、この作品のテーマの一つ「悲しみは何のために必要か」については、自分は未だに明快な答えを見つけられていない。
本編では、助けを求めるサインとして使われてた。
自分は、他人に優しくなれるから? とありがちな理由を考えてみた。
その後、「過去の辛い失敗を再び繰り返さないため」と言う理由も思いついた。
しかし、人類が悲しみと言う感情を獲得した当初の理由は上で挙げたその辺かもしれないけど、今では人は映画とかで定期的に悲しみたがる。やっぱり不思議。

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